【今日のポイント】

 よく言われることですが、
私のような「おひとり様」に対して
「年を取ってからの孤独はキツイよ~」と言ってくる
おせっかいな方が少なからず出てきます。

「孤独死は気の毒だ」等と
より大きなお世話な話に膨らませることもしばしば。

 ひとり、一人暮らし、ひとりぼっち

 今日は、一人にもいろいろな側面があり、
悪いことばかりではないということをこの場を借りて
紹介することにしました。

 

 

 

【一人の種類はいろいろ

 ひと口にひとりといっても
私のように生涯独身の「まだおひとり様」もいれば
連れ合いに先立たれた、離別した「またおひとり様」
も存在します。
 他にも家族はいるものの、仕事の関係や病気などの理由で
別単身赴任や別居生活といった「今はおひとり様」もいます。

 その他にも、
ひとりになる、される、強いられる。
理由はともかく、ひとりには以下のような種類があります。

 孤独

 孤立

 孤高

 そして

 疎外

 隔離

 一人に関連するものとしては
この5つでしょうか?

 次に
それぞれの持つ意味と違いを考えてみましょう。

 

 

【孤独とは】

 増大する孤独死、高齢者の孤独死が目立つ
など等、孤独とおひとり様の関係については
あまりいい意味では扱われていないようです。

 ある辞典によれば、孤独の意味として、
「他の人との接触や関係、連絡などがない状態」
と記載されていました。

 仮に自らの意思で、深山幽谷に一人で暮らすのも孤独ですし、
大都会の中に暮らしていても、誰からも理解されないとか
受け入れられないのであれば、これもまた孤独でしょう。

 孤独は場所や環境を選ばずに存在するのです。

 似た言葉に「寂寥感」というのがありますね。

 ですがその反面
「孤独を愛する」「孤独を愉しむ」といった
前向きな意味を持つケースもあります。
人気ドラマでは「孤独のグルメ」で一人飯を愉しむ
主人公が描かれていました。

 最近ではコロナ禍における推奨例として
「外食のひとりメシ」が話題になっていますね。

 孤独の悲劇として真っ先に挙げられる「孤独死」についても
よく考えてみれば、死ぬときは基本は一人で死にます。
いや、看取る人がいないのが孤独死という方もいらっしゃいますが、
それこそ冒頭で採り上げた単身赴任者などは赴任先での不慮の事故や
急な病気の場合、家族のいない状況で最期を迎えるケースも
決して少なくありません。

 さらには気の滅入る話ですが、
肉親や家族がいたとしても必ず看取ってくれる訳ではありません。

 自業自得で離婚された独身男性や、
借金などで親族に迷惑をかけ通しだったり、
離婚後は子や孫とも長年疎遠なままであれば、
関係者が進んで最期を看取ってくれることは期待出来ないでしょう。

 

 以前にも書きましたが、上記のようなケースは
死後の発見が大幅に遅れることが問題となります。

 これらは孤独死というよりは
放置死、遺棄死、という方が適当と考えています。

 

 

【孤立とは】

 これも辞書によれば
「対立するものや相手がいない」
「他と離れて繋がりや助けの無いこと」
と書かれていました。

 これも周囲に人が多く存在しても
繋がりがなく、互助の関係を持っていなければ
この状態と言えるでしょう。

 あえて自分から進んで周囲に接触を求めなかった、
周囲も強いて交流をする意慾も意思もなかった、
あるいはその両方だった等、いわゆる双方の無関心が
その要因の一つと言えるでしょう。

 この点から見れば
先の遺棄、放置による死は「孤立」から来るもの
と言えそうです。

 

 

【孤高とは】

 孤独や孤立に比べて孤高と言いますと
自ら望んでという意味合いが前面に出ているように感じます。

 実際にその意味も「自分の志を守る、貫く」
「その為には他を寄せ付けない姿勢」と辞書にありました。
孤高な毎日で寂しいということは、あり得ないでしょう。

 周囲の思惑は別として、
あくまでも主体は自分自身、一種のポジティブな選択とも
思うのは私だけでしょうか?

 

 

【疎外とは】

 ひと言で言い表せば
「周囲から避けられる」
と解釈出来ます。

 自分の意志ではなく、周囲の意思や判断で
集団から弾き出されることと言えるでしょう。

 意味合いからすれば「いじめ」の中の
「無視」がこれに近いものでしょう。

 

 

【隔離とは】

 これはより強い意思が働いた結果と言えるでしょう。
簡単に言えば「他人から強いられるもの」であり、
具体的には伝染病の感染による行動規制や
犯罪者を独居某に収監するといった行為が該当します。

 どちらかと言えば、
「より他人に害を及ぼす危険性がある」
ような場合に行われる行為と言えるでしょう。

 

 

【ひとりだから孤独?】

 住まいは一人暮らしで孤独な環境であっても
日中は多くの友人との交流や仕事で社会との接点を
持っているのであれば、孤独は生活習慣のひとつと
考えられ、生活のスパイスにもなり得るのです。

 同じ様に看取られることなく自宅でひとり最期を迎えても
こちらの場合であれば、周囲が存在の不在にいち早く気づき、
何らかの行動を起こします。

 いつもの集まりに出てこない、
 毎週、毎日顔を出す常連の店に来ない、
 職場に無断で欠勤した・・・

 身近な存在でなくても
遠方の知人と頻繁にメールのやり取りをしていたのに
急に返信が途絶えた・・・

 社会との繋がり、人との繋がりがあれば、
それは納得の孤独死になるのではないでしょうか?

 

 
 この反対なのが、
理由はともかく社会から、家族から、肉親から疎外され、
まさに孤立無援の中で生活することを余儀なくされ、
誰に知られることなく、誰からも気にされないままの
最期を迎え、その事実が長期間にわたり誰にも知られないこと。

 これこそが今問題視される孤独死=放置死なのです。
こちらは、無念、不本意な孤独死です。

 

 より深刻なのは、
独り暮らしでなくても「孤独」で「孤立」「疎外」
の只中に暮らすというケースです。

 夫婦で暮らす、子供と暮らす、
だから孤独ではない、とは言えないのが残念ながら現実です。

 そういう事態に陥った理由も様々で、
自分自身の過去の行状による自業自得的な孤立もあれば
本人に非は無くても周囲からの一方的な断定で
このような立場に追いやられたケースもあります。

おひとり様は、皆同じ環境にある。
看取るもののない最後はおひとり様の悲劇。

 

 このようなひとくくりでの認識は
却っておひとり様の理解を妨げることになります。

 夫婦の形にも、親子の形にも
その数だけ異なるタイプがあるのと同じく
おひとり様にもいろいろなタイプがあります。

 出来るならば、孤独と孤立、疎外の違いを
見極めることに留意しておひとり様と付き合ってほしいです

 

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投稿者プロフィール

寺田淳
寺田淳(行政書士)
東京は新橋駅前で「寺田淳行政書士事務所」を開業しています。
本業では終活に関連する業務(相続、遺言、改葬、後見、空家問題等)を中心とした相談業務に従事し、さらにサラリーマンからの転身という前歴を活かした起業・独立支援に関する支援業務やセミナー講演等を開催して、同世代の第二の人生、第二の仕事のサポートも行っています。

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