【今日のポイント】

 おひとり様=孤独死 というイメージは
本当に正しいのでしょうか?

おひとり様の定義はひとつではありませんし
おひとり様でなくても孤独死になるケースもあります。

今日は私個人の少々偏った考えかもしれませんが、
おひとり様が向き合う孤独死について
紹介したいと思います。

 

 

【おひとり様とは】

 おひとり様と一言で言っても
親兄弟もなく、妻子もいない
文字通りの天涯孤独な場合と

親兄弟はいるものの、
非婚、未婚を通してきたため、
一人暮らしをしているおひとり様や

結婚はしたものの、死別・離別の結果
現在はおひとり様になっている場合等

おひとり様の立ち位置には相違があります。

 

【おひとり様が迎える死】

 自分の死亡時に身内が誰もいない場合。

ある意味暴論ですが、
身内がいないのですから
悲しませることもない。

身内がいないのですから
相続争いで周囲に迷惑をかけることもない。
ただ、周囲の方々には家財の始末等で
迷惑をかけるリスクはあります。

子や孫がいないから
彼らの将来に思い悩むこと必要がない。

自分に繋がる人物がいないのだから
自分の死後の評価で迷惑を波及させることもない。

家族・親族に慮って
意にそわない治療や、生き方を強いられることが無い。

尊厳死、延命治療の選択も
全て自分自身で決められる。

 

 おひとり様の迎える「死」は
良し悪しは別にして
当事者である本人にとっては
柵の少ない身軽な「旅立ち」ともいえるのです。

【孤独死とは?】

 おひとり様=孤独な死
とは言えません。

天涯孤独な身の上であっても
介護や療養施設に入所していれば
孤独ではないのですから、孤独死とは言えません。

 

 逆に身内がいる、家庭がある場合でも
単身赴任先で、出張中のホテルで
海外旅行中の事故や事件に巻き込まれての死は
その瞬間は一人で、家族に看取られる訳でないので
結果的には孤独死となります。

なかには、自らの意思で親族と絶縁し
一人暮らしを選んだケースもあり
この場合も孤独死の部類に入るでしょう。

 

 ですが単純に考えれば、
みんなで一緒に、同時に死を迎える事など
殆どあり得ない事です(飛行機事故や天災等のレアケースは別)
却ってその方が悲惨極まりないことです。

死ぬときは、ひとり 死は、孤独なもの 

が正しい捉え方ではないでしょうか?

 

【避けるべきは孤立・放置死】

 周囲と孤絶したおひとり様が自宅で
死後数か月後にようやく発見された…
等のニュースは今も耐えません。

真に避けるべきは 
おひとり様に限らず、
孤立・放置された死、です。

社会との接点が無くなることが
孤立の最大要因であることは
言うまでもないことです。

その観点からみた場合、
高齢になったおひとり様ほど
都心回帰を図るべきと考えます。

 

 単純に社会との接点の機会が多いことが
その理由で、趣味や娯楽の機会に接する機会は
多岐にわたります。

関心が湧けば、その場に出かけることにもなり
そこで同好の士と遭遇する機会も生じます。

趣味や娯楽でなくとも
繁華街には様々な外食店が軒を連ねています。

人間、日に三回は食事をするのですから
最低でも週に一回は外食するでしょう。

行きつけの店を持ったり、常連客との
出会いから「飲み仲間・食い仲間」
に発展することもあります。

 

 また、今の60代から70代の世代は既に
大なり小なり、公私の場面でパソコンに
接したことがある方が意外に多いのです。

パソコン、携帯電話、メールについては
積極的に利用する事です。

 

 いやな例えになりますが、
一人暮らしの自宅内でアクシデントに襲われ
歩くことが出来なくなった、
声が出なくなった場合、外部との連絡手段として
これらを所有、習得していることで
大事に至らなくすることが出来るのです。

固定電話だけでは、設置場所までたどり着けない。
仮に電話に出られても、声が出せない。

 

これでは意味がありません。

 携帯であれば身に付けて移動が可能です。
メールが出来れば文字情報で外部に連絡が出来ます。
聴覚と発声に支障が出た場合でもメールは連絡手段として
有効活用が出来るのです。

 おひとり様で暮らすのであれば
年齢に関係なく、メール操作は習得しておくべきです。

 

 他にも個人の嗜好がありますが
食事の宅配サービスを提供するコンビニが
近所にあるのでしたら、利用することも
外部との接点を確保することになります。

毎日の注文が突然途絶えた。
店にも出向かなくなった。

この様な状況が続いた時に
安否確認に出向いてくれるのです。

昔懐かしい「御用聞き」の新バージョン
とでも言えばいいのかもしれません。

最近では見守りを兼ねての宅配サービスを
推奨する自治体もあるようです。

ネットニュースや新聞の電子版も結構ですが
これも紙の新聞の配達で安否確認の一助になるのです。

 

 人間関係が煩わしいとの理由で
おひとり様生活に入るケースも少なくはないと聞きますが、
孤独と孤立は似て非なるものです。

孤立を防ぐには、アナログな接点を持つ他ありません。

 

【おひとり様は都心回帰を】

 今までは、定年後は田舎に引っ込んで
晴耕雨読の生活を楽しむ。

都会の喧騒から自然に囲まれた中で
ひとり暮らしを楽しみたい…

この為には「衣食住が足りてこそ」が前提です。
年齢によっては「衣」は「医」に置き換わります。

残念ながら郊外にけば行くほど
今の時代、社会インフラの充実は見込めません。

外食先も、趣味の場も、医療施設も
縮小・撤退が進んでいるのが現状です。

 

 おひとり様に適したサイズの住宅も
郊外では期待出来ません。

せいぜいワンルームマンションで済む生活サイズ
であったとしても、そのような物件が郊外には
逆に必要性がないのです。

多くの場合、庭付き一戸建て、または家族向けマンション
で都会に暮らす住民を誘致してきたのですから。

 

 例外的に、大学や研究機関が移転してきた立地では
単身赴任者向け、学生向けの物件が用意されていますが
これも最近のキャンパスの都心回帰の流れの前に
いつまでその物件が維持されるかが不安視されています。

都心であれば、分相応な広さの物件を探すのに
苦労はしません、求める条件は人それぞれでしょうが
(駅近・商店街至近・病院至近等々)
郊外に比べればその差は歴然です。

 

 さらに郊外、田舎暮らしにはクルマは必須アイテムです。
今はいいでしょうけど、後何年問題なく運転が出来るか
考えたことがありますか?

最近話題の高齢化に伴う認知症絡み、
加齢に伴う反射神経の劣化リスク以外でも
年齢に関係なく視力や手足の疾病や
事故からの不調は唐突に発症します。

そうなったときに、商業施設までどうやって?
かかりつけの医療施設までどうやって?
移動するのですか?

 

 過疎化が進んでいれば公共交通網も縮小されて
バスは日に数本、それも意に沿わない時間しか
運航していない等となれば…

この点でも都心の交通インフラはクルマ依存が
不要なほどの充実・整備がされています。

 

如何でしょうか? 孤独と孤立の違い。

 

 孤独でも 無縁社会 ではなく 有縁社会で生きるならば
それは、ある意味満足のいく「おひとり様の孤独生活」となり
その中で迎える死は「孤独であっても、孤立ではない」
と言えるのではないでしょうか?

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